聖書のドイツ語訳
ルターはザクセン選帝侯に保護されながら新約聖書のドイツ語訳を完成し、1522年に印刷して民衆に広がった。
ルターがザクセン選帝侯フリードリヒにかくまわれてヴァルトブルク城にいたときに完成したのが新約聖書のドイツ語訳。ルターはラテン語とギリシア語の原典から、当時のドイツの各地方の方言を取り入れながら翻訳した。この新約聖書は15世紀にグーテンベルクによって改良された活版印刷機によって印刷され、広く普及し、宗教改革の民衆への広がりの一因となった。またこのルター訳の聖書が普及することで、近代ドイツ語の統一がはかられたとも言われている。
ルターは、聖書に基づく信仰、つまり福音主義を主張していたので、聖書のドイツ語訳には心血を注いだ。1522年にまず出版した『新約聖書』のための序文では次のように述べている。
ルターは、聖書に基づく信仰、つまり福音主義を主張していたので、聖書のドイツ語訳には心血を注いだ。1522年にまず出版した『新約聖書』のための序文では次のように述べている。
(引用)この書物が元来どのような序詞もなくまた別の題名もなしに流布し、ただそれ自身の名称だけでそれ自身の言を述べているというのは、いかにももっともなまた適わしいことであろう。然るに今や多くの根拠のない解説や序詞などによってキリスト者の思想がかき乱され、そのために人々が、福音とは何か、律法とは何か、また新約とか旧約とかは何をいう語であるかを、ほとんど理解しないようにされてしまった。このゆえに無知な人がその古い謬見から脱して正しい道に導かれ、またこの書物において何を期待すべきであるかを教えられることは大切であり、本来福音と神の約束とを求むべきであるところに、誤って誡めと律法とを見いだすというようなことのないようにするために、ここに緒言と序詞とをつけ加える必要が生じたのである。<ルター/石原謙訳『キリスト者の自由・聖書への序言』岩波文庫 p.57>なお、ルターは旧約聖書と新約聖書の違いを「旧約聖書は神の律法及び誡めと、なおこれに加えてそれを遵守してきた人々と遵守しなかった人々との歴史を記述した書であるし、同様に新約聖書は福音及び神の約束と、ならびにそれを信仰する人々と信仰しない人々の歴史を記述した書である」説明している。
ドイツ語訳聖書の出版
ルターのドイツ語訳新約聖書は1522年9月21日に印刷を完了して、直ちに市場に販布された。翻訳者、印刷者、出版者の名もなく、年月も記されずただ下方にヴィッテンベルクと市名が記されているだけだった。しかし時が9月だったので、『九月聖書』と呼び慣わされた。定価は1グルテン半で、当時としては高価であったが、非常に歓迎さて忽ちのうちに売り尽くし、12月には再版が出た。その後もほぼ毎年、新版が印刷され、ルターの生存中に22版を重ねた。なお、ルターは新約聖書のみならず、旧約聖書のドイツ語訳にも着手し、1532年には全部を訳し終え完成出版することができた。<ルター/石原謙訳『キリスト者の自由・聖書への序言』岩波文庫 訳者解説 p.118 >