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バグダード条約機構/中東条約機構/METO

1955年、中東5カ国が結成した反共軍事条約。中東条約機構、METOともいう。

 1955年2月~11月、トルコ・イラク王国・イギリス・パキスタン・イランの5ヵ国が順次結成していった対共産圏包囲網の一環となる集団防衛機構で略称がMETO(メトー)。本部をイラク王国バグダードに置いた。アメリカ合衆国はオブザーバー参加であったが、実態はアメリカが指導する対ソ軍事同盟でNATO(ナトー)、SEATO(シアトー)と連携している。特に中東におけるエジプト革命によってナセル大統領など親ソ政権が台頭したことを恐れ、社会主義化を防止する狙いだった。アメリカは経済援助をちらつかせながらアラブ諸国の加盟を働きかけたが、アラブ連盟に加盟する諸国は対イスラエルで結束していたのでイラク以外は加盟しなかった。

イラク革命でCENTOに組織替え

 そのイラクで1958年にイラク革命が起こり、親英政権ハーシム家のファイサル2世が殺されイラク共和国が成立すると、イラク共和国は翌年、METOを脱退した。そのため本部はバグダードからトルコのアンカラに移り、名称も中央条約機構(CENTO、セントー)に変更した。1979年にトルコ、イランが脱退して消滅した。

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