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ロゼッタ=ストーン

ロゼッタ=ストーン。大英博物館蔵。
ロゼッタ=ストーン。大英博物館蔵。

古代エジプトのヒエログリフ解読のきっかけとなった遺物。ナポレオンのエジプト遠征の時に発見された。

発見

 1799年、ナポレオン率いるフランスのエジプト遠征軍の参謀のブーシャールが、アレクサンドリア近郊のラーシードという町で兵士に堡塁の造築作業をさせていたとき、兵士たちが大きな黒い玄武岩に古い絵文字がきざまれているのを発見した。ラーシードの町をヨーロッパ人はロゼッタとよんでいたので、この石はロゼッタストーンと言われるようになった。はじめカイロのエジプト研究所-ナポレオンの遠征を期に設立された研究所-に入れられたが、1801年9月アレクサンドリアでフランス軍がイギリスに降伏したため、フランスが獲得したほかの古代エジプトの文化財ごとイギリスに引き渡され、ロンドンに送られ、現在では大英博物館の収蔵品となっている。

解読

 ロゼッタ=ストーンの文字の刻印された面は三段に分かれ、上段に神聖文字(ヒエログリフ)、中段に民用文字(デモティック)、下段にギリシア文字が記されていた。1822年、フランスのシャンポリオンはロゼッタストーンの下段のギリシア文字を足がかりとして、中段、上段も同じ内容であろうという仮説を立てて、解読に成功した。<『古代文字の解読』 1964 高津春繁・関根正雄 p.38 岩波書店>

内容

 プトレマイオス朝の紀元前196年にプトレマイオス5世の頌徳碑(徳をたたえる石碑)としてつくられた石碑の一部であることが判っている。プトレマイオス朝はヘレニズム諸国の一つであるのでギリシア系であったが、王は統治に当たってファラオと称するなど、エジプトの伝統を守った。従ってこの時代にはエジプト文字とギリシア文字が併用されていた。
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ノートの参照
1章1節 エ.エジプトの統一国家