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ヘレニズム

アレクサンドロスの帝国成立によって生まれた新たな文化の段階。ギリシア文化とオリエント文化の融合によって成立し、さらにローマやインドの文化にも大きな影響を及ぼした。またその時代、前4~前1世紀をヘレニズム時代とも言う。

 ヘレニズムとは「ギリシア風の文化」を意味する。古代ギリシア人が自らを英雄ヘレンの子孫という意味の「ヘレネス」と呼び、その土地を「ヘラス」と言ったことによる。世界の文化史上は、前4世紀のアレクサンドロス大王の東方遠征によって、ギリシア文化オリエント文化が融合して形成された文化をさす。アレクサンドロス大王の帝国以降のヘレニズム三国、および小アジアのペルガモン、中央アジアのバクトリアなどのギリシア系国家のもとで発展した。

ヘレニズム文明

 ヘレニズム世界においてはギリシア語が公用語として使用され、コイネーといわれた。またギリシアのポリス社会が解体し、アレクサンドロス大王の世界帝国が成立したことに伴い、より広い世界での個人の生き方を探求するコスモポリタニズム(世界市民主義)の思想が広がり、哲学にはストア派エピクロス派の二つの潮流が生まれた。
 この時代の遺産とされる美術品には、ミロのヴィーナスラオコーンサモトラケのニケなど、写実的でありながら人間美や精神性を持った大理石彫刻が多く、後のルネサンスの美術に大きな影響を与えた。
 ヘレニズム文化の中心地として栄えたのがプトレマイオス朝エジプトアレクサンドリアであった。そこには大規模な博物館であり、研究機関でもあるムセイオンが建設され、エラトステネスアリスタルコスアルキメデスエウクレイデス(ユークリッド)などの自然科学者が活躍した。
 紀元前1世紀末のプトレマイオス朝エジプトがローマに滅ぼされるまでをヘレニズム時代と言うが、文化史上はその後も西アジアからインドにかけて存続し、インドの2~3世紀のガンダーラ美術などに影響を与え、さらに中央アジア、中国を経て遠く日本の8世紀の天平期の文化にも影響が及ぶ。地中海世界ではローマ文化が隆盛となるが、ヘレニズムもヘブライズム(ユダヤ教・キリスト教の文化)とともにヨーロッパ文化の基盤となる。 → ヘレニズム時代

参考 ヘレニズムは幻影か

 ヘレニズムは、プロイセンの歴史家ドロイゼンが19世紀30年代に、はじめて提唱した、比較的新しい歴史概念である。それまでは前5~前4世紀に最盛期を迎えたギリシア文明が、マケドニアに征服されてから衰退したと捉えられていたが、ドロイゼンはアレクサンドロスの登場によってギリシア文明とオリエント文明が融合して成立した、新たな価値を有する文明をヘレニズムと名付けた。この概念は古代史学会で受け容れられて常識化し、現在は高校教科書でも広く普及している。
 しかし日本で流通しているヘレニズム概念には、最高の到達度にあったギリシア文明と、劣等な東方(アジア)のオリエント文明という差別的な価値観が深く内在しているとして、見直しを迫る見方が出ている。
(引用)欧米の歴史家は、ギリシア文化型の文化と混合すると「融合」と呼ぶが、ペルシア文化が他の文化と混じるときは、しばしば「折衷」というマイナス価値の言葉を使う。実際にはペルシア人もまた、先行するアッシリア、バビロニア、エジプト、メディアなど多様な文化を吸収して独自の総合を遂げていたのであって、その具体的現れはペルセポリスの浮彫りに見ることができる。またヘレニズム時代になってギリシア人が多数東方に移住し、交易が盛んになり、各地で都市が発展し、コイネーと呼ばれる共通ギリシア語が広まったといわれる。しかし、諸民族の平和的な共存と交流はすでにアカイメネス朝(アケメネス朝ペルシア帝国)時代に実現していたし、当時アラム語が国際商業語として広く用いられていたことは、高校の教科書にもちゃんと書かれている。にもかかわらず。交易の発展や文化の交流がまるでギリシア人の専売特許であるかのごとく語られてきた。その背後には紛れもなく、ギリシア文化が最高で東方の文化は劣等なものと見る、差別的な価値観がある。日本で流通しているヘレニズム概念もまた、このようなギリシア中心主義、それを受け継いだヨーロッパ中心の視点を深く内在させているのだ。<森谷公俊『アレクサンドロスの征服と神話』興亡の世界史1 2007 講談社 p.23-24
 同書では、一般にヘレニズム文化の代表的な例としてとりあげられるガンダーラ美術についても、ギリシア彫刻の影響で仏像が生まれたという従来の学説はすでに時代おくれになっており、アレクサンドロス大王とガンダーラ美術が直結しているかのような解釈は全くの的外れである、とも述べている。その観点からは「われわれの常識のなかのヘレニズムは幻影だといわねばならない」となる。<森谷公俊『同上書』p.24
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書籍案内

森谷公俊
『アレクサンドロスの征服と神話』
2007 興亡の世界史1
後に講談社学術文庫