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暗黒時代

古代のギリシアにおいて、前1200年頃のミケーネ文明崩壊から前800年頃のポリス社会成立までの約400年間を言う。鉄器の普及、アルファベットの出現、そしてポリスの出現という大きな転換があった。

 前1200年頃のミケーネ文明の崩壊から、前800年頃のポリス社会の成立までの400年間は、残された史料が少なく(線文字Bは使われなくなり、ギリシア・アルファベットはまだ発明されていなかったので)、その実態がよくわからなかったところから暗黒時代といわれている。しかし、下記のようにギリシアにとっては重要な転換期であった。
(引用)ポリス社会の成立に先立ついわゆる暗黒時代は、輝かしいミケーネ文明がなくなったという意味ではその名に値するが、この時代にギリシア人は鉄器の使用を普及させ、またフェニキア人を通じてアルファベットを発明し、また製陶術に新たな発展を見せたのであって、こうした発展の集中的表現がポリスの成立だったのである。ポリスはそれまでの混乱の中から生み出されたギリシア人の生活の核であった。<太田秀通『スパルタとアテネ』1970 岩波新書 p.60>
 最近では実態を表すとはいえない「暗黒時代」という言い方をせず、「初期鉄器時代」とすることもある。

王国からポリスへ

 ミケーネ文明のもとでギリシア本土の小王国分立によって維持されていた秩序は(おそらく海の民の侵入などによって)前1200年頃に倒壊した。一つの文明が倒壊したことを以て「暗黒時代」に入り、ギリシア本土は大きな混乱に巻き込まれた。ミケーネ時代の集落の多くは放棄され、人口は減少し、生活水準も落ち、華やかな工芸は姿を消し、東方との交流も衰え、何よりも線文字Bも王国の滅亡とともに失われ、ギリシア人は再び文字を持たない民となった。
ドーリア人の南下 しかし、この時代はギリシア史にとって決定的に重要な意味を持っている。遅くとも前1100年頃には北方から移動してきたドーリア人など西北方系方言のギリシア人が定住し、先住の東方方言のイオニア人らと交錯し、古代ギリシア人は第二の、そして最終的な民族として形成期を迎えた。
ポリスの形成 前8世紀のなかば、この時代の長い模索の果てに、ギリシア人は小王国の分立に代わる、まったく新しい社会秩序として、ポリスと言われる都市国家を成立させた。小アジア西岸、エーゲ海の島々、そして本土の各地に成立したポリスは、ギリシア人が生みだした独自の国家形態であり、それ以後のギリシアの歴史や文化は、すべてポリスの上に成り立っているといっても過言ではない。このポリスが形成されたのが「暗黒時代」だった。
鉄器文明 青銅器に代わって鉄器の使用が普及定着したのも、この時代における大きな出来事だった。工芸の世界でも、衰退したミケーネ様式の陶器に代わって、前11世紀の半ばごろから、曲線と直線とを複雑に組み合わせた「原幾何学様式」と呼ばれる斬新な模様をもつ陶器がアテネで作り出され、各地に広がっていった。<伊藤貞夫『古代ギリシアの歴史 ポリスの興隆と衰退』2004 講談じゃ学術文庫 p.80~83>
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ノートの参照
1章2節 イ.エーゲ文明
書籍案内

太田秀通
『スパルタとアテネ』
1970 岩波新書

伊藤貞夫
『古代ギリシアの歴史』
2004 講談社学術文庫