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ディアドコイ

「後継者」の意味で、アレクサンドロスの武将たちのこと。

アレクサンドロス大王の武将たちが、その急死(前323年)後、たがいに後継者(ディアドコイ)であることを主張して争った。有力なものが7人ほどいたが、互いに激しく争い、前301年のイプソスの戦い(小アジアのイプソス付近でのセレウコスらとアンティゴノスらの戦い)を経て、前276年にアンティゴノス朝マケドニアが成立して、セレウコス朝シリアプトレマイオス朝エジプトの3国の分立が確定的となり、アレクサンドロスの帝国は再統一されることはなかった。この前323年から前276年までの戦争をディアドコイ戦争ともいう。なお、ディアドコイ世代の次の後継者たちをエピゴーノイ(エピゴーネン)といい、亜流、模倣者の意味で使われる。
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第1章2節 ケ.ヘレニズム時代