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イプソスの戦い

前301年に起こったアレクサンドロスの後継者ディアドコイたちの戦争の一つ。三国分立の契機となった。

 前301年、アレクサンドロスの部将たち、いわゆるディアドコイたちの間で戦われた最大の戦い。イプソスは小アジア(アナトリア地方)。アンティゴノスとその子デメトリアオス(攻城者)はアレクサンドロス帝国の再統一を目指したが、マケドニアのカサンドロス、アナトリアを抑えていたリュシマコス、シリアを拠点としたセレウコスの連合軍とイプソスで衝突し、敗死した。デメトリオスはその後もアナトリアで失地回復をはかったが、前285年に捕らえられて服毒自殺した。勝ったリュシマコスが一時有力となったが、その後セレウコスと対立し、敗れた。マケドニアはカサンドロスの死後、デメトリオスの子アンティゴノス2世が前276年に王となり、その結果、マケドニアのアンティゴノス朝、シリアのセレウコス朝、エジプトのプトレマイオス朝の三者の力が均衡し、三国分立の状態となった。
※なお、アレクサンドロス大王の東方遠征中のイッソスの戦い(前333年)と間違わないこと。
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ノートの参照
1章2節 ケ.ヘレニズム時代