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クセノフォン

前5世紀末から前4世紀初めのアテネの歴史家で軍人。ソクラテスの弟子であったが、傭兵部隊を率いてペルシアに渡り、ギリシアに帰還した記録『アナバシス』を著した。

 クセノフォン Xenophon (前430頃-354頃) は、クセノポンなどとも表記する。古代ギリシアのアテネの人。まず、ソクラテスの弟子で『ソクラテスの思い出』の著作として知られる。同書は、ソクラテス自身の著作が伝わっていないので、プラトンの『ソクラテスの弁明』と並んで、ソクラテスの人物を知る上での貴重なものとなっている。また、クセノフォンはペルシア帝国に傭兵として招かれ、オペルシア帝国内の内紛に介入して戦い、一万人の兵士を率いてギリシアに脱出した体験をつづった『アナバシス』(または『一万人の退却』)を著した。この書も現在伝わっており、古代のギリシア・ペルシアに及ぶ戦記として広く読まれている。さらに未完であったトゥキディデスのペロポネソス戦争の歴史を書き継いだことなどで知られる文筆家であった。

Episode ギリシア傭兵軍、「一万人の退却」

 アテネ人であったクセノフォンが傭兵となってペルシアに渡った経緯は次のようなことである。ギリシアでペロポネソス戦争がスパルタの優位のまま終わろうとしてた頃、ペルシア帝国で内紛が起こった。ダレイオス2世が死去し、長男のアルタクセルクセル2世が即位したが、弟のキュロス(始祖のキュロスと区別して小キュロスという)が王位を狙ってクーデタを計画した。前401年、キュロスはスパルタの協力を仰いでギリシア人の傭兵一万を雇い、行き先を告げずに行軍させ、スサを目指した。クセノフォンもそのなかにいた。彼らはバビロンの近くでアルタクセルクセス2世の軍と遭遇、ギリシア傭兵軍はよく戦って勝ったが、キュロスは戦死してしまった。雇い主がいなくなったギリシア傭兵軍1万を率いて、クセノフォンはギリシアへの帰還を目指したが、それは苦難の連続であった。その退却の記録が『アナバシス』で、古代の戦記として日本でも広く読まれている。
 クセノフォンはメソポタミアから黒海に出て、前399年に帰国を果たしたが、アテネには戻らずスパルタ王に仕えたためアテネを追放され、最後はコリントで迎えた。次代を先取りしたコスモポリタン的な人だったようだ。
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ノートの参照
1章2節 コ.ギリシアの生活と文化
書籍案内

クセノフォーン/佐々木理訳
『ソークラテースの思い出』
1974 岩波文庫

クセノポン/松平千秋訳
『アナバシス―敵中6000キロ』2002 岩波文庫