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ミラノ勅令

313年にコンスタンティヌス帝が出したローマ帝国でキリスト教を公認する法令。

 313年にローマ帝国のコンスタンティヌス帝が、キリスト教を公認した勅令。これによってキリスト教に対する弾圧は終わった。
 312年、西の正帝の地位をめぐってマクセンティウスと戦っていたコンスタンティヌスは、(伝承によれば)夢のお告げに従って十字架をかかげて戦って勝利してから、キリスト教を認めるようになった。翌年313年、西の正帝として、東の正帝リキニウスとミラノ(当時はメディオラヌム)で会見し、いずれの宗派の信仰も認めることで合意し、両帝の名で勅令として公布された。特にキリスト教をあげていたわけではないが、これによってそれまでの非合法な宗教ではなく、国家公認のもとで信仰が出来るようになった。ところが東の正帝リキニウスはやがてキリスト教弾圧にもどったので、帝国の西半分でしか認められないこととなった。そこでコンスタンティヌスはリキニウスと対決し、323年クリソポリスの戦いでそれを破り、後にリキニウスを処刑した。これによって帝国は統一され、キリスト教は全ローマで公認されるとともに、帝国が保護する宗教と位置づけられるようになった。
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第1章3節 ク.迫害から国教化へ