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新約聖書

イエスの言行を伝える使徒による福音書と、その手紙などからなるキリスト教の教典。

 キリスト教の聖典。ユダヤ人とヤハウェ神の救いの約束を記した書が『旧約聖書』であるのに対し、イエス=キリストによる救いの約束を記したのが『新約聖書』とされている。イエス自身が書いたわけではなく、イエスの行いや言ったことを、その弟子たちが伝え、伝道されるうちにまとめられていった。はじめは布教の対象となった小アジアやギリシアで用いられていたヘレニズム世界の共通語(コイネー)であるギリシア語で書かれていた。2~3世紀にかけて、各巻ごとに書かれ、グノーシス派という異端との対立の必要から正しい聖典の制定に迫られ、397年カルタゴ公会議で現在の27巻の聖書が公認された。また4世紀末には、ヒエロニムスによって聖書のラテン語訳(ラテン語訳聖書をウルガータという)がなされた。
 マタイ・マルコ・ルカ・ヨハネの四福音書でイエスの行動と説教を伝え、次にペテロ、パウロなどの活動を伝える「使徒行伝」があり、パウロの手紙といわれる13の書簡が続く。最後に最後の「ヨハネの黙示録」ではローマ帝国の迫害下にある信者に対し、忍耐と希望を呼びかけ、終末での神の審判への期待を記している。New Testament

聖書の広がり

 ローマ・カトリック教会では聖職者がその知識を独占していたため、ラテン語もギリシア語も読めない中世の農民、庶民は聖書を読むことはできず、彼らの信仰の拠り所は聖書ではなく教会の聖職者の説教であった。カトリック教会の説教は次第に本来の聖書から離れることとなると、それに対する批判がおこり、13世紀のイギリスのウィクリフは初めて聖書を英語に訳したが異端として弾圧された。そして16世紀の宗教改革が起こり、ルタードイツ語に翻訳し、またそれがルネサンス期のグーテンベルクらが改良した活版印刷によって普及してはじめて一般庶民が読めるようになった。
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第1章3節 キ.キリスト教の成立