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パガン朝

現在のミャンマー
現在のミャンマーの風景。
建寺王朝といわれた時代のパゴダが林立している。

11~13世紀、ビルマ人が建国した王国。仏教を保護し、建寺王朝として知られる。

11世紀中頃、ビルマ人が作った最初の統一王朝。1044年、パガンに都を置いたアノーヤター王が、モン人を征服し、パガン朝をひらいた最初の王とされる。先住民であるモン人はスリランカ(セイロン)の高度な上座部仏教の文化の影響を受けていたので、パガン朝はそれを取り入れ、首都パガンに多くのパゴダ(仏塔)を建造した。第3代のチャンシッター王(在位1084~1112年)の頃が最盛期でモン人との融和も図られ、仏教文化が開花した。その後も多くの仏塔・寺院を建設したので、建寺王朝と言われている。しかし仏塔・寺院の建造に力を入れすぎて13世紀後半には国力は衰亡し、雲南地方を併合した元のフビライ=ハンの大軍が1287年に首都パガンを攻撃し、パガン朝は滅亡した。その後、ビルマは分裂状態となり、その中からペグーを拠点としたモン人のペグー朝が台頭する。 → ビルマの仏教  ビルマ 

Episode 建寺王朝、仏寺成って国滅ぶ

 パガン朝の寺院建築は、マルコ=ポーロの『東方見聞録』にも、「太陽の光に触れては燦然と輝き、はるか彼方からでもその光輝を望見できる」美しい大塔のことを伝えている。王たちは仏教に深く帰依し、自ら僧院生活を送り、寺院建築に打ち込んだ。最後の国王ナラティハパテ王も6年かかってパゴダをつくったが民衆から「仏寺成って国滅ぶ」といわれた王であった。<石澤良昭/生田滋『東南アジアの伝統と発展』1998 中央公論社 p.200-202>