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赤眉の乱

新の王莽の復古策に反発した農民が起こした反乱。

王莽王朝に対して各地で起こった農民反乱をが合体したもの。18年に山東省一帯で飢饉が起こったのを機に、農民反乱が始まった。その中心となったのは貧農や、農家の次男、三男など、社会的に不遇だった農民たちであった。彼らは王莽軍と戦うときに、眉を赤く染めて目印としたので、この反乱を「赤眉の乱」という。眉を赤く塗ったのは、漢王朝は火徳と考えられていたので、漢王朝の復活を願ったものと思われる。反乱軍は10万を超える勢力となり、新の政治に不満を持つ豪族の反乱と結びつき、長安を攻略、王莽を自殺させ新王朝は滅亡した。しかし、豪族は農民反乱軍の鎮圧に転じ、27年、劉秀の軍によって鎮定された。
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ノートの参照
第2章3節 キ.漢代の政治