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劉秀/光武帝

中国の後漢王朝を建設し、光武帝となった人物。

 漢帝国の皇帝の一族である劉氏に属し、河南の南陽の豪族であった。王莽が漢の帝位を簒奪すると、各地の豪族と連合して反王莽の兵を挙げた。はじめ農民反乱である赤眉の乱とも共同して王莽の軍を破り、25年に光武帝と称して皇帝となり漢を再興した。その後、一転して農民反乱を弾圧して、後漢の支配を安定させた。

光武帝

 25年、劉秀が漢の帝位について諡号を光武帝といった。前漢を再興した王朝であるが、区別して後漢と言っている。光武帝は最初の皇帝であり、同時に後漢が最も栄えてた時期の皇帝である(在位25~57年)。後漢は豪族の連合政権という性格が強く、光武帝も劉氏に属する最有力の豪族として統治した。
 『後漢書』東夷伝倭人条によれば、57年、倭人の奴国王が光武帝に朝貢し、金印を授けられ、冊封体制に組み込まれた。
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ノートの参照
第2章3節 キ.漢代の政治