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儒学の官学化

漢の武帝による儒学を国教化。

孔子に始まる儒学の教え(儒教ともいう)は、孟子によってさらに広範な国家統治理念とされた。漢の武帝の時、儒学者の董仲舒が登用され、かれの建言によって、儒学は漢の正式の官学、国教とされた。それに伴い、儒学の正統的な理解の基準として主要経典を五経(易経、書経、詩経、礼記、春秋)として定め、それを教授する五経博士を置いた。これらが儒学の国教化と言われる処置である。

儒学の官学化の意味

 儒学が官学、国教とされたのは、春秋・戦国時代から続く氏族制度の崩壊により、自立してきた家族を皇帝が直接支配する中央集権体制をとる上で、君臣間、長幼、親子などの秩序を協調する儒家の道徳観が適合するものであったからであろう。しかし、漢代には儒家の徳治主義を信奉するのもだけが官吏となったのではなく、法家的な法律の力によって民衆を統治することが大切と考えた官吏たちも多数存在した。司馬遷は『史記』の中で、同時代のそのような官吏を「酷吏」と評し、「酷吏列伝」を書いている。

出題 2010年 東大 第2問

 問(1) a それまで複数の有力な思想の一つに過ぎなかった儒学が、他の思想とは異なる特別な地位を与えられたのは、前漢半ばであった。そのきっかけとなった出来事について2行以内で説明しなさい。

解答

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ノートの参照
第2章3節 ク.漢代の社会と文化