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匈奴の一派で、五胡の一つ。石勒が後趙を建国した。

けつ。五胡の一つ。匈奴の一派。4世紀の五胡十六国時代には自立し、華北に侵入、一族の石勒(せきろく)が後趙を建国する。石勒は、はじめ南匈奴の劉淵の建てた(前趙)の部将として、山東・河南を征服し、319年、自立して後趙を建国した。330年、前趙を併合して、帝を称した。羯人はインド=ヨーロッパ語族であろうとも推定されている。後趙の石勒と次の石虎は、西域出身の仏教の僧侶仏図澄(ぶっとちょう)を保護し、都の洛陽では仏教が大いに広がった。しかし後趙は内紛によって351年に滅亡した。
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第3章1節 ア.北方民族の動向