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南詔

中国の現在の雲南省にあったチベット=ビルマ系の国家。

現在の中国の雲南省大理を中心に建国された国で、チベット・ビルマ系のロロ族(烏蛮)が、タイ系の白蛮を抑え、737年に皮羅閣(ヒロコー)が南詔を建国した。南詔の「詔」は王の意味。南詔は唐と吐蕃に挟まれながら自立の道を選び、751年には唐がタラス河畔でアッバース朝の大軍と戦っている間に勢力を強めた。754年、宰相楊国忠は玄宗の気を引こうとして南詔討伐軍を起こしたが、漢人の軍は多湿な気候になれずに行軍に苦渋し、失敗した。南詔は、安史の乱で唐が混乱するとこの地方の唐の勢力を一掃した。文化的には漢文化を取り入れ、仏教を奨励したたので唐の影響が強かった。902年、漢人宰相に実権を奪われ、滅亡。次いでこの地には大理が起こる。
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ノートの参照
第3章2節 ウ.唐と隣接諸国