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黄巣

唐末の塩の密売人。唐の塩密売取り締まりに反発して875年に黄巣の乱を起こした。乱は鎮圧されたが唐は滅亡へと向かった。

 唐帝国安史の乱の最中に、軍事費の財政支出をまかなうため、塩専売制を打ち出し、それを実施していった。専売制はその一方で密売も横行したので、密売人たちも利益を上げていたが、官憲が取り締まりを強化するようになると、抵抗して武装するようになった。その中から、たくさんの任侠を集め秘密結社をつくる者も現れた。黄巣は山東の人で、そのような塩密売人の一人だった。875年、仲間の王仙芝が反乱を起こしたのに呼応して挙兵。その頃重税に喘いでいた農民も加わって、唐末の大反乱「黄巣の乱」となった。彼は各地を転戦、「天補平均大将軍」(天から任命されて、世の中の貧富を無くし、平均を図る大将軍、の意味)と称し、世直しを掲げて、ついに長安を陥れ、最後はみずから皇帝を称し、大斉という国号を建てた。しかし、部将の朱全忠の離反によって長安を追われ、故郷の山東に向かう途中、884年泰山の麓の狼虎谷で甥の林言に首を打たせて死んだ。

Episode 科挙の落第生

 黄巣は山西省の富裕な家に生まれたが、科挙に落第し、官吏になる道をあきらめ、塩の密売人になった。後に反乱の首謀者となったのは、そのときの恨みがあったのだろうか。また、黄巣を裏切った朱全忠の部下で、その参謀であった李振と言う人も科挙落第生だった。彼は特に科挙合格者である朝廷の上級官僚を憎む気持ちが強かったらしく、朱全忠が唐を滅ぼした際、上級官僚30名を殺して黄河に投げ込み、自らは大臣となって権勢を振るった。しかし李振は後梁が滅ぼされたとき一族とともに殺されてしまった。
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ノートの参照
第3章3節 エ.唐の動揺