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ブワイフ朝

10世紀の中ごろバグダードのアッバース朝カリフの実権を奪ったシーア派の軍事政権。アッバース朝カリフから大アミールの称号を与えられた。

 946年、アッバース朝カリフから実権を奪いバグダードを支配したイラン系軍事政権。ブワイ朝、ブーヤ朝とも表記する。イラン系でシーア派の中の十二イマーム派を信奉する、カスピ海南岸のダイラム地方出身の軍人ブワイフ家の兄弟がイランに樹立した軍事政権。
 946年、ブワイフ家のアフマドは、アッバース朝の弱体化に乗じて南下し、バグダードに入城し、カリフから大アミールに任じられるとともに、ムイッズ=アッダラウ(王朝の強化者)の称号を受け、実質的な権力を握った。アッバース朝のスンナ派カリフが、シーア派の大アミールにイスラーム法の執行権をゆだねる代わりにその保護を受けるという見返りを受けたわけである。ブワイフ朝ではマムルーク軍人などに土地を分与するイクター制が始まった。その後約1世紀間、ブワイフ朝は西アジアを支配したが、内紛のため衰え、1055年、スンナ派のセルジューク朝に滅ぼされる。

Episode イスラーム世界の天皇と将軍

 アッバース朝のカリフとブワイフ朝の大アミールの関係は、日本の中世の天皇と将軍の関係に似ている。カリフは宗教的な権威を持つが実権は全くなく、大アミールによってその地位は左右される。しかしブワイフ朝はカリフを廃位することはなく、名目的にはアミールはカリフに任命される建前をとっていた。カリフの実権が全くなくなってしまい、何人かのカリフは玉座から引きずり降ろされ、両の目をつぶされている。カリフの資格として「聴覚、視覚などの五官が正常であること」という項目があるためだった。退位させられたカリフはその後乞食にまで落ちぶれ、物乞いをしてまわったという。<『都市の文明イスラーム』新書イスラームの世界史1 講談社現代新書 清水宏祐 p.115>

ブワイフ朝の特異性

 ブワイフ朝は、実権を持つブワイフ家の君主が、アッバース朝のカリフによってイスラーム法(シャリーア)の執行者に任じられて成立したが、ブワイフ家は穏健なシーア派(十二イマーム派)に属していたから、この任命によって、シーア派の君主が行政を担当し、しかもスンナ派のカリフを保護下におくという奇妙な政治関係が成立したことになる。<佐藤次高『イスラームの英雄サラディン』1993 講談社選書メティエ p.30>
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ノートの参照
第5章1節 ウ.イスラーム帝国
書籍案内

佐藤次高/鈴木董編
『都市の文明イスラーム』
新書イスラームの世界史1
講談社現代新書

佐藤次高
『イスラームの英雄サラディン』
1993 講談社学術文庫