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ジャラーリー暦

1074年、セルジューク朝のウマル=ハイヤームが、イラン暦とイスラーム暦を調整して作った暦。

 セルジューク朝マリク=シャー時代の宰相ニザーム=アルムルクに招聘されたウマル=ハイヤームが、メルヴの天文台で改定した暦法。
 イランにはアケメネス朝時代にバビロニアから太陽暦が伝わり、ゾロアスター教が国教となったササン朝ではその宗教儀礼と結びついたイラン暦が行われていたが、イスラーム化とともにヒジュラ暦(イスラーム暦)が導入された。イラン暦は太陽暦、ヒジュラ暦(イスラーム暦)は太陰暦なので両者の整合性を得るために制定されたのがジャラーリー暦であった。この暦法では33年に8回の閏年を置くもので、ヨーロッパで行われていたグレゴリウス暦よりも正確なものであったといわれている。
 

出題 慶大文 2002

 オマル=ハイヤームはセルジューク朝のスルタンに招かれて、非常に正確な太陽暦の作成を指導した。この暦は何と呼ばれているか。

解答

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第5章4節 ウ.学問と文化活動