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カール=マルテル

メロヴィング朝フランク王国の宮宰。イスラーム勢力を撃退。

メロヴィング朝フランク王国の宮宰カロリング家のピピン(中ピピン)の子。シャルル=マルテルとも表記する。714年から741年までフランク王国の宮宰を勤め、732年にはイベリア半島からピレネー山脈を超えてフランク王国領内に侵入したイスラーム軍(ウマイヤ朝)をトゥール・ポワティエ間の戦いで撃退し、その名声を高めた。後に、ヨーロッパのキリスト教世界を守ったと評価される。その子、ピピン(小ピピン)は、さらに権勢を高め、ついにメロヴィング朝にかわり王位につき、カロリング朝を創始する。

Episode カール=マルテルの「鉄槌」

 カール=マルテルはヨーロッパキリスト教世界をイスラームの脅威から守った人物として名高いが、その実像を伝える資料は少なく、よくわかっていない。その名のカールはフランク人の名ではなく、アングロ=サクソン語で「自由人」を意味するケァールからつけられたと推測されている。またマルテルはあだ名で、「鉄槌」の意味である。この鉄槌はイスラーム勢力を撃退したことより、ラングドックなどの南フランスを征服したことによるらしい。南フランスがフランク王国の領土になったのは彼の時である。<『新版世界各国史12 フランス史』2001 山川出版社>