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阮福暎/嘉隆帝

フランスなどの力を借りて阮朝を建て、1804年にベトナムを統一。嘉隆帝。

阮福映とも表記する。ベトナム語の表記はグェン=フック=アイン。ベトナムの阮朝の創始者で嘉隆帝(ジャロン)の称号がある。彼は西山党の乱で滅ぼされた南部ベトナムの阮氏政権(広南国)一族の生き残りで、乱を逃れてタイに逃亡し、ラーマ1世(チャクリ)の保護を受けた。やがてフランス人宣教師ピニョーとタイの軍事的な支援を受けてベトナムに戻り、1802年に西山朝軍を破ってハノイに入城し、西山阮氏の一族を処刑した。同年、ユエで即位して阮朝を創始し、年号を嘉隆と定めた。ベトナムを統一した阮福暎は、清国に使いを送って戦勝を報告し、冊封を請うた。1804年、清国の嘉慶帝は阮福暎に王の印璽を授け、「越南」(ベトナム)の国名を与えた。阮福暎は1806年に、皇帝の称号を名乗り、嘉隆帝(ジャロン帝)と言われるようになった。こうして阮福暎はベトナム史上はじめて全土統一の国家を完成した。 → ベトナム(4)<小倉貞男『物語ヴェトナムの歴史』1997 中公新書 p.205>
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第8章2節 清代の中国と隣接諸地域