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フエ(ユエ)

中部ベトナムの都市。17世紀から阮氏の広南国、さらに阮福暎が立てた阮朝の首都となった。

フエ YahooMap

 フエ Hué はベトナム本来の表記。フランス統治時代に、フランス語読みで、ユエと表記された(フランス語では h を発音しないため)。現在は現地の呼び方の通り、フエとするのが正しい。ベトナム中部の都市で、ハノイホーチミン市(旧サイゴン)と並ぶ重要都市の一つ。
 黎朝の力が衰えた17世紀、武将の一人阮氏(グェン)は1687年に地方政権をこの地に建て、広南国(クアンナム)と言われるようになった。ハノイの武家政権鄭氏(チン)と対立、ベトナムは分裂して争いが続いた。
 18世紀後半のベトナムで勃発した農民反乱である西山の乱(タイソンの乱)で成立した西山朝の北平王阮文恵がここを押さえた。兄の阮文岳はクウィニョン、弟阮文侶はサイゴンでそれぞれ王と称した。

阮福暎が都とする

 1802年に西山朝を倒してベトナムを統一した阮福暎は、阮朝を建て、フエをその都とした。1804年には清朝に朝貢し、国号を越南と改め、フエに中国式の王宮を建設した。
 1883、84年の2次にわたるベトナムとフランスの間のフエ条約(ユエ条約)はこの地で締結された。
 なお、第二次世界大戦後に、フエはベトナム戦争で戦場となり、破壊されたが、現在は復興が進み、阮朝時代の遺跡を中心に世界遺産に登録されている。

世界遺産 フエの建造物群

 1802年に阮福暎が阮朝の旧都を新たな都として建設した。ベトナム史で、ハノイやサイゴン(ホー=チ=ミン市)と並ぶ、政治的中心地であった。阮福暎(嘉隆帝)はこのとき、サイゴンの太和殿をフエに移築し、明・清の紫禁城を模して、その4分の3に縮小した王宮が建設したという。ベトナム戦争で破壊されたが、現在、ユネスコによって歴史的景観の復旧が進められている。 → フエの建造物群
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