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農民解放(プロイセン)

1806年からのプロイセン改革の中心的な政策であったが、不徹底な面が強い。

1806年からのプロイセン改革の中心的施策で「十月勅令」ともいう。首相シュタインが着手し、その追放後はハルデンベルク首相が政策を継承した。プロイセンで伝統的に続いていた領主(グーツヘル)による農民に対する人格的束縛(農民は移動や土地の売買の自由が無く、自分の息子を三年間領主の奉仕させる義務があった、など)を廃止しし、農民を農奴的な束縛から解放して、職業選択・移住・結婚・土地取引などの自由を与えるものであった。農民の領主に対する地代は、保有地の三分の一ないし二分の一を領主に返還することによって解消し、残余地の所有者となれるとした。領主の農民保護義務も廃止されたが、領主裁判権と警察権は実質的に保持したので、その地位を維持することとなった。その結果、この改革によって自由な土地所有者となれたのは上層部の農民にとどまり、かえって領主は没落した農民の土地を併合して大農場経営や工業経営に乗りだし、ユンカーとして経済力を強めることとなった。
 → 農奴/農奴制  農奴解放  封建的特権の廃止 封建地代の無償廃止  農奴解放令(1781)  
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第11章3節 オ.ナポレオンの大陸支配