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選挙法改正運動(フランス)

19世紀前半のフランスでの労働者が普通選挙を要求した運動。1848年の二月革命で男性普通選挙が実現した。

 1830~40年代の七月王政期にフランスの産業革命が進行、都市の労働者人口が増えてきたが、彼らは経済的な困窮にさらされ、また不況期には失業者が生まれていた。当時の選挙権は納税額200万フラン、被選挙権は同じく500万フランという財産による制限が加えられていたため、労働者は政治的にも無権利の状態に置かれていた。
 ルイ=ブランなどの社会主義思想も生まれ、彼らは普通選挙を実現して労働者の参政権を獲得することによってその地位を高めようと考え、一部のブルジョワの支持も受け、41年から毎年のように選挙法改正案が議会に提出された。しかし上層ブルジョワを基盤とするギゾー内閣は普通選挙の実施をかたくなに拒否したため、運動は激しさを増し、官憲の取り締まりをさけるため、改革宴会という形をとって運動が繰り広げられた。
 1848年2月、普通選挙を求める市民・労働者のデモ隊に対し軍隊が発砲したことからパリ市内ではバリケードが出現し、ついに武装した労働者が王宮に乱入して国王が逃亡するという二月革命が勃発した。これによって七月王政が倒れ、臨時政府のもとで四月普通選挙(男性のみの普通選挙)が実施された。この選挙ではブルジョワ共和派が多数を占め、労働者代表は多くが落選するという結果となり、この憲法制定国民議会において、同年11月に第二共和政憲法が制定され、一院制の議員と大統領をそれぞれ男性普通選挙で選出することが実現した。 → 男性普通選挙 女性参政権 イギリス選挙法改正
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ノートの参照
第12章1節 オ.1848年革命