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新移民

19世紀末~20世紀初頭に急増したアメリカへの東欧・南欧からの移民。

 アメリカ合衆国への移民は、西欧・北欧系が主体であり、特にWASPといわれるアングロ=サクソン系白人のプロテスタントが中核を形作っていた。ところが、19世紀末から20世紀初頭(第一次世界大戦前)に大きく様変わりして、東欧・南欧系が急増した。東欧・南欧系とは、ロシア・ポーランド(当時ロシア領)などの東欧とイタリアおよびギリシアの南欧からの移民を指し、彼等は旧来の「旧移民」に対して「新移民」と言われた。宗教的にはポーランド人とイタリア人はカトリックを、ギリシア人はギリシア正教会を信仰し、ロシアからの移民の多数をしめていたユダヤ人はユダヤ教徒であった。そのため彼らはアメリカ社会に同化することなく、独自の社会集団を構成し、また多くが非熟練労働者として都市の工場で低賃金労働に就業していった。しかもアメリカでは1830年代に普通選挙制が確立していたので、彼らは英語が話せなくとも選挙権が与えられてていたため、旧来のWASPとの間でさまざまな摩擦と対立が生じた。 → アメリカ合衆国の帝国主義期
(引用)第一次世界大戦が勃発する前の25年間に1800万人の移民が到来したが、それは1890年までの70年を上回る数字であった。1917年の時点で、アメリカに住む者の三人に一人は、第一世代の移民かその子孫であった。しかもこの移民の5分の4は、イタリア・ロシア・ロシア領土であったポーランド、さらにはギリシアなど、南欧ないし東欧からの移民であり新移民と呼ばれていた。<紀平英作編『アメリカ史』山川出版社 世界各国史新版 p.244>

新移民に対する制限

 アメリカ合衆国では従来の西欧・北欧系の移民とその子孫の間に、新移民の増加に対する警戒心が強まり、1924年に移民法が制定され、東欧・南欧系移民は厳しく人数が制限されることになった。なおアジア系はすでに中国人移民は1882年に禁止されており、この24年移民法で日本人がその対象とされて、実質的に移民が禁止された。
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第12章3節 ウ.工業国アメリカの誕生