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急進社会党

1901年、ドレフュス事件を機に結成されたフランスの共和主義政党。社会主義政党ではない。

名前は急進社会党であるが、社会主義政党(左翼)ではなく、中道的共和主義左派の政党であるので注意する。フランス語で Parti radical et radicalsocialiste 、ラディカルとは急進的共和主義を意味するので、直訳すれば「急進的共和主義及び急進社会党」となる。結党のきっかけは、ドレフュス事件であり、第三共和政のもとで軍部や保守派(独裁政治志向)の力が強くなったことに危機感を持ったブルジョワ共和派が結集したもの。最初の指導者はクレマンソーであった。その支持基盤は、都市の小ブルジョワと地方の小地主層などの保守的な階層であったので、「政治的には左、社会的には右」と云われる、
 その主張は、議会主義の擁護、反教会、反独占企業、個人主義的な自由主義などであり、私有財産制の擁護と同時に重要産業国有化や労働者保護など社会主義的主張も有していた。その主張の一つである、反教会(反カトリック教会)は、1905年の政教分離法の成立によって実現した。
 また外交政策では一貫して平和主義を掲げており、第一次世界大戦後の国際協調外交を指導したダラディエ(ミュンヘン会談時の首相)などもその系譜上にある。急進社会党はファシズムに反対して人民戦線に加わり、第二次世界大戦後まで重要な存在であった。
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ノートの参照
第14章1節 ウ.フランス