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ベルギー領コンゴ

アフリカにおけるベルギーの植民地。1960年、コンゴ共和国として独立。

 19世紀後半、ベルギーの国王レオポルド2世が進出し、1884~85年のベルリン会議によってその私有財産として認められたコンゴ自由国は、激しい国際的な批判を受けて、1908年、「ベルギー領コンゴ」となった。 → アフリカ分割  アフリカ諸国の独立

ベルギーの植民地支配

 ベルギーはレオポルド2世時代のコンゴ自由国の無法な収奪を改め、行政府・民間資本・キリスト教伝道団の「三位一体」と言われる態勢で植民地経営に当たり、本国には植民地評議会を設けて現地をコントロールした。新たに銅資源の開発に乗りだし、ユニオン・ミニエール社がその経営に当たった。農業ではパーム油の生産に力を注いだ。その結果コンゴはアフリカ有数の工業地域となった。また教育はキリスト教伝道団によって行われ、初等教育の普及が進んだ。

独立運動

 第2次世界大戦後、1958年に黒人のルムンバがコンゴ民族運動を組織し独立運動を開始、レオポルドビルやスタンレービルなどの中産階層の中に独立の気運が強まった。ベルギーは、武力による弾圧をとらずに独立承認にかたむき、1960年、コンゴ共和国として独立を達成した。しかし、すぐにアメリカと旧宗主国ベルギーが資源豊富な南部カタンガ州の分離独立を策して介入し、コンゴ動乱に突入した。国連が調停に当たったが、ルムンバが殺害されるなど政情不安が長期化した。
 → 1971年にザイール共和国となり、97年から現在のコンゴ民主共和国と称する。(フランス領コンゴが独立した現在のコンゴ共和国とは別な国家である)
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ノートの参照
第14章2節 ア.アフリカの植民地化