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三民主義

孫文が掲げた中国革命での民族の独立・民権の伸張・民生の安定の三原則。

1905年7月、東京で結成された中国同盟会の綱領として孫文が提唱したことで、1911年の辛亥革命以後の中華民国の政治理念となった、「民族の独立(民族主義)・民権の伸張(民権主義)・民生の安定(民生主義)」の三原則をいう。
 孫文の三民主義は西洋の民主主義をふまえながら清朝の封建社会と帝国主義列強による半植民地支配を倒し、新しい中国社会の建設を目指した独自のスローガンであった。中国革命の指導理念として重要であり、現在も台湾の中華民国政府の国是となっている。孫文は同時に、「韃虜(清朝)を駆除し中華を快復する(民族主義)、民国を創立する(民権主義)、地権(土地所有権)を平均にする(民生主義)」という四大綱領を綱領として掲げた。また、1924年1月に第1次国共合作が成立した際には、「連ソ・容共・扶助工農」を三民主義に加え、新三民主義と言われた。

民族の独立

 漢民族と満州人、モンゴル人などの統一と独立を目指すこと。孫文は民族主義について、1912年1月の中華民国臨時大総統就任宣言に於いて、「漢・満・蒙・回・蔵の諸民族をあわせて一人にする。これを民族の統一とする。」とのべ、「五族共和」の理念を明らかにした。彼の民族主義は、従来の中華帝国の版図内の民族を「中華民族」として融合させるところにあった。

民権の伸張

 国家を創る国民としての権利のこと。民権主義は、個人の基本的人権よりも、国家を創り上げる国民の権利としての民権ととらえられる。「中国人はどうして一握りの散砂(砂のようにバラバラになっている状態)になってしまったのか。各人に自由が多すぎるからである。中国人には自由が多すぎるから革命が必要なのだ」と述べ、「(自由は)もはや個人のうえに使ってはならない。国家のうえに使うべきものである。個人が自由すぎるのはいけないが、国家は完全な自由をえなくてはならない」としている。

民生の安定

 貧富の差の解消など国民生活の安定をめざすこと。民生主義は、「地権の平等」という、土地所有での貧富の差の是正という、「私」を否定して「公」を強調する、民権主義と同じ、中国の古代以来の思想に根ざすものであった。<古田元夫『アジアのナショナリズム』世界史リブレット42>
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第14章3節 エ.辛亥革命