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黄興

清朝打倒をめざす革命集団、華興会を組織した辛亥革命の指導者の一人。

湖南省の出身で、1904年の華興会結成に参加し、その会長として革命運動の指導者となる。「湖南では長沙の学者の家に育ちながら、豪胆で武勇にすぐれ、はげしい激しい軍事訓練をとおってきた黄興が華興会を組織していた。西太后の還暦祝賀式場に集まる湖南全省の要人を爆弾でもって皆殺しにしようという計画が発覚し、黄興らは1905年5月、日本に亡命してきた。」<貝塚茂樹『中国史下』岩波新書1970 p.154>
長沙蜂起に失敗して宋教仁らとともに日本に亡命した黄興は、東京で孫文らと中国同盟会を結成した。1911年に黄花崗の蜂起に失敗したが、ついで武昌蜂起に加わり、辛亥革命の突破口を開いた。辛亥革命の混乱から袁世凱が権力を握ると、その独裁化に反対した。1913年、第二革命を起こすも失敗し、その後は孫文の個人崇拝的な傾向があった中華革命党には加わらず、孫文とは袂を分かってアメリカに亡命した。
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ノートの参照
第14章3節 エ.辛亥革命