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全ロシア=ソヴィエト会議

ロシア二月革命で各地に設立されたソヴィエトを結集した最高国家機関。十月革命で権力を握ったボリシェヴィキが主導権を確立した。

第1回大会

 ソヴィエトは、第1次ロシア革命のときに、各地の労働者・兵士が結成した自主的な組織でそれぞれ代表を選んでいたが、いったん消滅していた。1917年、二月革命がおこると各地で復活しした。6月、各ソヴィエトから代表が選出され、第1回全ロシア=ソヴィエト大会が開催された。これは、常設の執行委員会をもった中央ソヴィエト組織を創設する最初の試みであった。6月3日に開催された大会は代議員1090人が出席したが、所属党派が明らかな777人の中では、エスエル285人、メンシェヴィキ248人に対しボリシェヴィキは105人にすぎず、全代議員の1割にも満たなかった。エスエルとメンシェヴィキは臨時政府を支持したのに対してボリシェヴィキが即事平和と臨時政府反対を主張した。臨時政府はボリシェヴィキの七月暴動(七月事件)を押さえつけたが、次第にボリシェヴィキは支持を拡大していった。

第2回大会

 十月革命でケレンスキー政府が倒された翌日の10月26日、かねて予定されていた第2回の全ロシア=ソヴィエト会議がペテログラードのスモーリヌイ女学校で開催され、審議は徹夜で行われた。このときは代議員670人中、ボリシェヴィキは390人、エスエル左派が179人などで、ボリシェヴィキが多数を占めていた。大会はまず 。同年11月の第2回大会でボリシェヴィキの主導権が確立し、レーニンが提案し平和に関する布告と土地に関する布告を決定した。ソ連成立後も最高国家機関として存続し、1937の憲法で「最高ソヴィエト」に代わった。  レーニンが指導したボリシェヴィキが武装蜂起し、1917年11月7日、十月革命(十一月革命)で権力を握り、ペトログラードの冬宮でまだ臨時政府が抵抗していたが、全ロシア=ソヴィエト会議を開催した。ボリシェヴィキが多数を占めていたが、まだ独裁的な権力を持っていたわけではなく、この段階ではメンシェヴィキ・エスエル左派も参加していた。ボリシェヴィキの指導権を確立しようとするトロツキーらと、あらゆる社会主義政党の結集をはかろうとするメンシェヴィキのマルトフ等がここでも対立した。トロツキーはマルトフ等を「歴史のくずかごに消えろ」と恫喝したという。

ソヴィエト政権成立を宣言

 翌11月8日、全ロシア=ソヴィエト会議は、臨時政府に代わるソヴィエト政権の成立を宣言し、さらにレーニンの起草による「平和についての布告」と「土地についての布告」をほぼ満場一致で採択した。

Episode 『世界を揺るがした十日間』が伝えるレーニン

 以下はロシア十一月革命を世界に報道したアメリカのジャーナリスト、ジョン=リードは「平和についての布告」を提案するレーニンを次のように伝えている。
(引用)雷のような歓呼の波が、幹部委員団の入場を告げたのは、きっかり八時四十分であった。レーニン -偉大なレーニン- が幹部委員の中にいた。大きな頭を肩の上にのせ、禿頭肥満、背の低いずんぐりとした姿。小さな眼、獅子鼻、大きな口、重い顎。今はきれいにそっているが、過去においてもまた将来においても有名な、例のひげがすでに生えはじめている。見すぼらしい服、長すぎるズボン。愚民(モッブ)の偶像となるためには非印象的たが、おそらく指導者としては史上まれなほど敬愛されている、不可思議な民衆指導者 -もっぱら知識のカのみによる指導者。色彩に乏しく、ユーモアがなく、非妥協的で孤立し、絵画的特異性をもたない- しかし、深刻な思想を単純な言葉で説明する力、具体的な状勢を分析する能力、をそなえている。そして機敏さ、最大の知的大胆さを兼ね具えている。……
 ……いまやレーニンが立って、演壇のテーブルの端をつかみ、数分間鳴りやまないごうごうたる大喝采に一見茫然として、またたく小さな眼で群衆を見わたしつつ、待っていた。喝采がやむと、かれはかんたんにいった、〝われわれはいまや、社会主義的秩序の建設にとりかかるであろう!〟ふたたび例の圧倒的な喧噪。
 〝第一になすべきことは、平和実現のための実際的手段を採用することである。……われわれは、無併合、無賠償、人民の自決権、というソヴェートの条件にもとづいて、全交戦国の人民に平和を提唱するであろう。同時にまた、われわれの約束にしたがって、秘密条約を公表し破棄するであろう。……戦争と平和の問題は、きわめて明白なので、私は前置きなしに『全交戦諸国の人民への声明書』の文案を朗読してもよいだろうと思う。……〟<ジョン・リード/原光雄訳『世界をゆるがした十日間』上 岩波文庫 p.184>
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ノートの参照
第15章1節 エ.ロシア革命
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ジョン・リード/原光雄訳
『世界をゆるがした
十日間』上 1957
 岩波文庫