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モサデグ

第二次世界大戦後、1950年代のイラン首相。1951年の石油国有化を断固した後にクーデタによって失脚させられた。

 モサデグ Mossadegh 1880~1967 モサッデグとも表記する。1951年、パフレヴィー朝イランの首相として、石油国有化を断行した政治家。大地主の家に生まれ、パフレヴィー朝の前のカージャール朝に仕えていた貴族の出身。イラン国民議会を指導し、イギリスとソ連の圧力に抵抗、石油資源はイラン自身の力で開発しようという決議を成立させた。高揚する民族主義運動に押されて首相となったモサデグは、イランの石油資源を支配しているアングロ=イラニアン石油会社(AIOC)の資産の接収を通告、戒厳令をしいてその操業を停止させた。
 モサデグ政権はイスラム聖職者から共産主義者までを含む民族統一戦線を基盤として国民的な合意をつくり、イギリスの国際石油資本に立ち向かって一定の成功を収めたが、次第に内部分裂の危険性を常にはらんでいた。次第にモサデグは独裁者として非難されるようになり、1953年、軍部のイラン=クーデターによって失権した。その背後にはアメリカの諜報機関CIAの暗躍があった。
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ノートの参照
第16章1節 エ.南アジア・アラブ世界の自立