印刷 | 通常画面に戻る |

総督(ローマ)/属州長官

ローマ属州統治のために設けた官職。属州の長官。元老院議員が任命され、徴税請負人を通じて税収を上げ、自己の利益も得た。

 古代ローマにおいて、ポエニ戦争で獲得したシチリアから始まり、マケドニア戦争ではギリシアなど東地中海に広がったローマの海外領土である属州を統治する最高責任者。属州長官、属州知事とも言う。公職としては執政官(コンスル)に次ぐ地位である法務官の中から元老院によって任命される。総督は戦時には軍隊を指揮し、平時には裁判を行って治安を維持する任務を持つだけではなく、徴税権も有し、属州の広範な統治権が任されていた。任期は1年で、任地は抽選で決められるルールであったにもかかわらず、総督になると莫大な利益を得ることが出来た。
 属州の総督(長官)にははじめ法務官から任命されたので、属州の数が増えたことによって法務官の数も増加し、はじめは毎年4名であった者が6名になった。そのうち2名はローマにとどまり他が籤引きで割り当てられた属州の長官として赴任した。スラが独裁官になった時、法務官は8名に増員されたが、このときから法務官は本来の裁判の仕事に専念し、属州の総督には執政官や法務官などの任期を終わった者が、執政官代理(プロコンスル)、法務官代理(プロプラエトル)として割り当てられるようになった。この属州の総督は、他のローマの官職が複数制であったのに対し、属州ごとに一名だったので属州における絶対的な支配者となり得た。

総督の収益のカラクリ

 属州では「十分の一税」という租税を徴収するが、総督には一定の税収を上げることが義務づけられる。総督が一人で徴税は出来ないので、徴税実務を担当する徴税請負人を置くことが出来るが、徴税請負人は競争入札で最も高い税収を提示した者が総督と契約を交わすことになる。総督から徴税代行権を与えられた徴税請負人は定められた税収を元老院に納め、実際の税収額との差は総督個人の収入に出来る。こうして総督と徴税請負人が結託して属州民を収奪するしくみが出来上がった。<青柳正規『ローマ帝国』岩波ジュニア新書 2004 p.57-58>

総督による属州搾取

 ローマでは政務官にも元老院議員にも俸給はなかった。政務官に選出されるための人気取りで金をばらまくためにはまず借金をした。その借金を穴埋めするために属州総督の役得は絶好の収入となった。総督として巨万の富を蓄えてローマに戻り、借金を返して、また選挙に臨む。有力者はその繰り返しで政界を一歩一歩上がっていった。「属州知事の第一年目は借金の穴埋めをはかる。第二年目は任期終了後告発されても、ひとを買収して無罪にのがれるだけの金を貯える。第三年目は余生安楽に暮らせるだけの金を貯める」といわれたほどであった。<長谷川博隆『カエサル』1994 講談社学術新書 p.42>
 属州総督の不正は元老院で問題にされたこともあり、前70年にはキケロが検察官となってシチリア総督を告発した裁判が行われている。

Episode ローマでも金がかかった選挙

(引用)ローマの属州にはノビレス(新貴族)層のなかから属州総督が毎年送られ、文武の両権をもって属州の統治を行ったが、かれらは属州において、許されている以上の搾取をおこなって私腹を肥やしたのである。こういう行為をローマの法律で不当取得とよぶが、不当取得を犯してローマ市に帰ってから裁判に懸けられた総督が多く、また不当取得に対する属州民の訴えや反乱がいっそう多いことからわかるように、それはすさまじいものであったようである。総督となる人はローマの中央政界において有力者となろうとする者であったが、ローマの政界において総督にまで選ばれるためにはすでにかなりの金がかかったであろうし、これからはいっそうの出費が予想されるのである。民会においてこういった高級政務官に選ばれるためには選挙対策が必要であった。それは有力者のクリエンテス(被保護者)となったり、みずからも民会で支持してくれるクリエンテス(選挙地盤=トリブス)をもたねばならす、それらの票のかき集めで民会の選挙に勝つことができた。こうした選挙対策が金のかかるものであることは、今も昔も変わりない。<弓削達『ローマ帝国論』初刊1966 再刊2010 吉川弘文館 p.91>