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インド連邦

1947年8月に独立した時点でのインドの一般的な呼称。50年まで。

 1947年8月15日にイギリスから独立を宣言した。前日にはパキスタンが独立したので、インドとパキスタンは分離独立となった。パキスタンはイスラーム教徒の国家を標榜し、インド亜大陸の西部のインダス川流域(パンジャブ地方など)と、東部のガンジス川下流域(ベンガル地方など)をその範囲とした。分離独立にともない、インド大陸各地のイスラーム教徒の多くはパキスタンに流入した。反対にパキスタンの二つの地域のヒンドゥー教徒はそこから脱出した。この民族移動の際に両宗派の衝突が各地で起こり、多くの犠牲者が出た。

連邦から共和国へ

 インド連邦となったのは、内部に多くの独立した地方政権である藩王国が残っていたからであった。また、イギリスからは独立をはたしたが、形式的にはイギリス連邦にはとどまっていたので、国家元首はイギリス国王であり、現地の最高権力はイギリス国王の代理として統治に当たるインド総督が握っていた。
 1950年1月26日に「インド共和国憲法」が施行され、大統領制が導入されることになった。インド総督も消滅し、イギリス統治は形式的にも消滅した(ただしイギリス連邦には加入した)。そこで47~50年までを「インド連邦」、50年以降をその政体から「インド共和国」と言って区別するのが一般的であるが、正式な国号は英語表記では単に「India」のみなので、「インド」だけでよい。 → インド共和国 
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