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スキピオ

ローマの将軍で第2回ポエニ戦争でカルタゴ軍のハンニバルを破り、大スキピオともいわれる。その子が第3回ポエニ戦争でカルタゴを滅ぼした小スキピオ。

 ローマ共和政時代の軍人で閥族派の政治家。第2回ポエニ戦争ザマの戦いハンニバル率いるカルタゴ軍を破り名声を高め、大スキピオ、大アフリカヌス、ともいわれる。始め父に従ってイベリア半島でカルタゴ軍と戦う。父の戦死後、カルタゴ側の拠点カルタゴ=ノヴァ(カルタヘナ)攻略に成功、前206年までにイベリア半島を平定した。その成功で自信を深め、ハンニバル軍がイタリア半島南部に居座っている間に、カルタゴを直接攻撃する案を立て、消極的な元老院を尻目に民衆の支持を受けて遠征軍を率いてカルタゴに上陸した。ハンニバル軍が急遽アフリカに渡り、カルタゴに迫るとその近郊ザマで迎え撃ち、前202年のザマの戦いとなった。
 戦いに勝利したスキピオはローマの英雄となり、次いで小アジアに遠征し、シリア軍を破った。スキピオの名声が高まるとその独裁化を恐れたカトー(大カトー)はスキピオを横領などの罪で元老院で告発。スキピオは政敵カトーとの争いに敗れ失意の内に引退し、前184年に没した。その孫が小スキピオで、第3回ポエニ戦争でカルタゴを破壊した人物。
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ノートの参照
第1章3節 イ.地中海征服とその影響