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アントニヌス=ピウス

2世紀中ごろ、五賢帝の4番目の皇帝。

ローマ帝国の全盛期、五賢帝の4番目の皇帝。名門貴族の出で、執政官を経験し、元老院の有力な議員であって温厚篤実で知られていた人物で、ハドリアヌスの晩年に、後継者と目されていた人物が死んだため、50歳の彼にその椅子が廻ってきた。形式的にハドリアヌスの養子となった上で即位した。23年の治世の間、何事も問題は起こらなかったと言われる。元老院は彼を「最良の君主(オプティムス・プリンケプス)」と呼び、死後ピウスの添え名をつけて呼ばれることとなった。

Episode ピウスは「添え名」

 彼は本名はアリウス=アントニヌスと言った。ピウスというのは「添え名」で“道義心に厚く孝謹である”という意味がある。彼が元老院議員だったとき、高齢の元老院議員だった義父の身体を支えるように登院したこと、ハドリアヌスの晩年に死刑を宣告されていた人々を赦免したこと、ハドリアヌスの死後、元老院の反対にもかかわらずさまざまな栄誉をなき皇帝に贈ったこと、などがその理由とされている。<青柳正規『皇帝たちの都ローマ』1992 中公新書 p.317>
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第1章3節 エ.ローマ帝国