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寇謙之

道教を大成した教団指導者。北魏で国教とされる。

こうけんし。北魏で五斗米道(天師道)以来の道教を新たに体系化し、新天師道を起こし、太武帝に信任されて、道教の国教化を実現した。洛陽に近い嵩山(霊山の一つ)で神仙になる修行をしているとき、天神の啓示を受けて道教の革新を使命とし、そのころ建国された北魏の都大同に赴いた。そこで知り合った漢人儒者崔浩と知り合い、ともにインド伝来の仏教を排斥することで一致し、太武帝に道教を国教とすることを建言した。それが太武帝の採用することとなり、寇謙之は国師となり崔浩は側近(後に宰相)となった。二人を信任した太武帝の華北統一は順調に進み、439年までに華北を統一した。その領土が西域に及んだため、その地で盛んであった仏教が華北にさらに流入したため、442年太武帝は仏教弾圧を断行(廃仏)した。こうして寇謙之と崔浩の名声は高まり、道教教団は国教として栄えたが、崔浩が失脚し、寇謙之死後は北魏宮廷内にも仏教復興の動きが出て新帝文成帝は仏教復興の詔を出した。
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第3章1節 エ.魏晋南北朝の文化