印刷 | 通常画面に戻る |

太武帝

北魏の皇帝で439年に華北の統一を達成した。道教を保護し仏教を弾圧した。

北魏の第3代皇帝。424年から439年にかけて、華北を統一した。五胡十六国はその439年、北涼が北魏に滅ぼされたことによって終わる。さらに柔然などの中央アジアの遊牧民も従え、華北から中央アジアにかけての北魏帝国を建設し、450年には自ら大軍を率いて南朝の建康に迫ったが、揚子江北岸に到達したところで引き返し、中国全土の統一は成らなかった。

仏教弾圧政策

 太武帝の華北統一に際し、北涼にいた僧侶3千人が捕虜となって平城に連行され、それによって仏教が華北に伝えられることになった。しかし太武帝は寇謙之を用いて道教を保護し、446年に廃仏、つまり仏教に対する大弾圧を行った。

Episode 北魏の国史事件

 また太武帝は北方部族の軍隊を主力としたが、官人には漢人を登用し、その融和をはかった。しかし、北魏の建国を北方民族の事業として著述した史官の崔浩を死刑にする(450年の国史事件)など、晩年は混乱し、皇太子に暗殺された。
印 刷
印刷画面へ
ノートの参照
第3章1節 イ.分裂の時代