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アクスム王国

紀元前後から7世紀まで、エチオピアにあった古代キリスト教王国。

 紀元前後から9世紀頃まで、エチオピアで繁栄したキリスト教国。アラビアとの交易で栄えたがイスラーム帝国に押されて衰退した。アクスム人は、もとはアラビア半島の南端の現在のイエメンにいたセム系の民族で、紀元前のある時期に紅海を渡り、現在のエチオピアの海岸地方に移住し、前2世紀頃アクスムを都とする王国を建国した。現在のエチオピア北部のアクスムに古代アクスム王国の繁栄を示す遺跡が残っている。アクスム王国は紀元後3世紀にはローマ帝国の衰退に乗じて紅海の通商路に進出し、ササン朝ペルシアとも抗争した。また4世紀にはナイル上流に進出して350年にメロエ王国クシュ王国の後身)を滅ぼした。6世紀にはアラビア半島に進出し、アラブ人とも密接なつながりを持ち交易を行った。アクスム王国はエチオピアのキリスト教の繁栄の基を築いたが、7世紀頃からイスラーム勢力がアラビア半島に勃興すると交易ルートをたたれ、次第に衰退した。

アクスム王国とキリスト教

 アクスム王国はキリスト教を受容し、それを国教として保護した。そのキリスト教は451年のカルケドン公会議で異端とされたキリスト単性説(キリストの人性を仮性とし、神性のみを認める)であり、ローマ=カトリック教会とは異なり、エジプトで盛んであったコプト教会といわれるものである。

出題 東京大学 2003

 (世界史上の都市に関連して)「歴史上、首都の名称がそのまま国名として通用している例は少なくない。3世紀にローマの勢力が後退した機をとらえて、紅海からインド洋へかけての通商路を掌握して発展したアフリカの国(a)もその一つである。(a)の商人は、同じくインド洋で活動していたアジアの国(b)の商人と、インドの物産や中国から運ばれてくる絹の購入をめぐって競い合った。この2つの国の首都の名称を記せ。

解答

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ノートの参照
第5章3節 ウ.アフリカのイスラーム化