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アフリカ産の金はイスラーム圏との交易を通じヨーロッパにももたらされた。

アフリカのニジェール川上流域にあったガーナ王国(8~11世紀)では、産出する金をサハラ産の岩塩と交易した。ガーナ王国でははじめセネガル川のバンブク地方で産出し、次第に東に移り、ニジェール川上流のブーレ地方、さらに東のボルタ川流域へと移動した。当時のアラビア語史料には、ガーナ王国は「黄金の国」として知られ、「黄金がニンジンのように土から生える」といった話が伝えられている。
西アフリカ ガーナ王国がモロッコのムラービト朝によって滅ぼされた後、ニジェール流域の西アフリカにはマリ王国(14世紀)、ソンガイ王国(15世紀)がいずれも金の産出国としてサハラ交易で栄えた。アフリカ内陸がムスリム商人とのサハラ交易によって金の産地であることがヨーロッパに知られると、まず15世紀からポルトガルが直接に金の産地に到達しようと、アフリカ西海岸の探検を開始した。
東アフリカ 東アフリカでは8世紀からソファラが金の産地として知られるようになり、ムスリム商人によってインド洋交易圏の交易品としてもたらされるようになった。
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第5章3節 ウ.アフリカのイスラーム化