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キルワ

アフリカ東岸に面した島でムスリム商人の海港都市として発展した。

 現在のタンザニアに含まれる海岸部の小島。8世紀以降にムスリム商人の活動拠点の一つとして、アフリカ内陸産の金や象牙、奴隷とインド方面からもたらされる中国の絹や陶磁器などの交易の中心地の一つとして繁栄した。
この地に伝えられる『キルワ王国年代記』というアラビア語で書かれた文献には、ペルシアのシーラーズから王侯たちが7隻の船に乗ってやってきてキルワの町を築いたという伝承が記されている。キルワ王国はソファラからもたらされた金や象牙、奴隷などの交易などで繁栄し、14世紀のイブン=バットゥータが来訪したことが『三大陸周遊記』に記されている。
しかし、1498年にポルトガルのバスコ=ダ=ガマ船団の進出以来、キルワ王国の交易権は次第に奪われるようになり、1505年にキルワともに富をもたらしてた金の産地ソファラが、ポルトガルが派遣したアルメイダの指揮する艦隊に占領され、城塞が築かれたために急速に衰え、ポルトガルの植民地支配を受けることとなった。  
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第5章3節 ウ.アフリカのイスラーム化