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マジャール人

9世紀にパンノニアに入った民族。ハンガリー王国を建国。他民族からはハンガリー人と言われた。

 現住地はウラル山脈南西部と推定されているフィン・ウラル語族。次第に西進し、黒海北岸を経て、アヴァール人がフランク王国のカール大帝に討たれて衰退したのに代わって9世紀にパンノニア(ハンガリー)入り、周辺の先住民であるスラヴ系のチェック人などを征服しながら定住した。さらに西進の勢いを示したが955年にドイツのオットー大帝とのレヒフェルトの戦いに敗れてパンノニア平原(現在のハンガリー)に退いた。その後、国家統一を進め、1000年にイシュトヴァン1世のときにハンガリー王国を成立させた。王はローマ=カトリック教会に改宗し、キリスト教文明を受けいれた。
 なおその直後、西ヨーロッパで十字軍運動が始まり、第1回十字軍が派遣されたが、民衆のなかに自発的に起こった民衆十字軍の一部はハンガリーに入り、マジャール人を異教徒と思い違いをして襲撃し、反撃したマジャール人に殺害されるという事件もおこっている。
 なお、マジャールというのが自称で、ハンガリー人というのは他民族が彼らをそう呼んだものである。 → ハンガリーの項参照
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ノートの参照
5章1節 カ.分裂するフランク王国