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アドリアノープル/エディルネ

ローマ皇帝ハドリアヌス帝が建設した都市。ギリシアの北方、バルカン半島の要衝にあり、商業が発展するとともに、古来幾たびか戦場となった。バルカン半島に進出したオスマン手国は1366年にこの地を都としエディルネといわれるようになった。

ローマ時代

 この都市は、ローマの五賢帝の一人ハドリアヌスの建設した都市で、その名からラテン語でハドリアノポリスと言われた。そのギリシア名がアドリアノープルである。この地は、ローマ帝国が東西に分かれていく前の重要な地点にあったことから、4世紀に次のような重要な戦闘が三度にわたって行われている。
 324年にはコンスタンティヌスが西の皇帝として、東の皇帝リキニウスとの最終決戦をこの地で行い、勝利して単独皇帝として帝国を支配するきっかけをつかんだ。
 351年には、コンスタンティヌス大帝の次のローマ皇帝となったコンスタンティウス2世に対して、ガリアを拠点にして反旗を翻し、自らも皇帝を名のったマグネンティウスが戦いを挑んだが敗れた。
 378年には、ドナウ川を越えてローマ領に移動した西ゴート人人が反乱を起こしたことに対し、皇帝ヴァレンスが鎮圧に向かったが、この地の戦いで皇帝が戦死するという敗北を被った。

オスマン帝国による征服

 バルカン半島のビザンツ帝国領に侵攻したオスマン帝国ムラト1世は、1362年にこの地を占領し、さらに1366年にそれまでのブルサに替わるオスマン帝国の新しい都とした。オスマン帝国の都となってからはエディルネと改称された。1453年に都がイスタンブルに移るまでの都で、それ以後もオスマン帝国第2の都市として栄えた。現在もトルコのヨーロッパ領土として残っている。
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ノートの参照
7章3節 トルコ・イラン世界の展開