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山岳派/モンターニュ派

ロベスピエールなど国民公会の最左翼を占めた急進派で、ジャコバン派を指す別称である。 

フランス革命の時期に、革命派が結成したジャコバン=クラブは、立憲君主政から共和政までの幅広い主張を含む党派であったが、革命の手会の中で、分裂を繰り返し、立憲君主政を主張する人びとはフイヤン派へ、穏健な共和政(国王処刑には反対、革命の深化に反対)はジロンド派として分離していった。その結果、ジャコバン=クラブはに残った急進的な共和派(国王の処刑や封建制の無償廃止を主張)がジャコバン派と言われるようになった。彼らはまた、国民公会の議場で最も高い議席を占めていたので、山岳=モンターニュ派と言われた。
 指導者はダントンマラーロベスピエールの三名であったが、ダントンはジロンド派や国王らとの裏取引の疑惑から失脚し、マラーは1793年に暗殺されたため、ロベスピエール一人が残ることとなり、彼がジャコバン派独裁を推進することとなった。  彼らは急進的共和主義を主張し、国王処刑、封建制の無償廃止などをかかげ、その理念を盛り込んだ1793年憲法を作成するなど、革命をさらに推進しようとした。1793年6月には国民公会からジロンド派を追放して、独裁的権力を握ったが、そのころからはジャコバン派がすなわちモンターニュ派を意味するようになる。
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ノートの参照
第11章3節 ウ.戦争と共和政