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天津条約(1885,日清間)

1885年、甲申政変の後に日本と清の間で締結された朝鮮に関する条約。両国軍の撤退と共に、将来の出兵には双方とも事前通告が必要とされた。

 甲申政変後、日本の伊藤博文と清の李鴻章は中国の天津で会談し、翌年の1885年に天津条約を締結した。
・朝鮮からの両軍の撤退すること。
・双方とも朝鮮に軍事教官を派遣しないこと。
・将来、朝鮮に出兵する場合は、お互いに事前通告を行うこと。
 天津条約によって日清両国間の衝突は回避されたが、9年後に甲午農民戦争が勃発すると、朝鮮政府が清軍に出兵を要請、日本もこの天津条約に基づいて出兵し、両軍の衝突からついに日清戦争となった。  → なお、1856年、アロー戦争の際に、清がイギリスと締結した条約も天津条約といい、同じ1885年に、清仏戦争の結果、清とフランスが結んだのも天津条約である。
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