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ローデシア

イギリスのセシル=ローズが主導して侵略を進めたアフリカの地域。その南ローデシアは白人支配者が1965年にローデシアとして独立。黒人の反発が強まり、1980年に現在のジンバブエを国号とした。

 19世紀後半、イギリス帝国主義の時代に、セシル=ローズが主導して南アフリカに建設した植民地。1889年、ローズは南アフリカ会社を設立、90~94年に現地民に対する征服を進めた。1894年からローズの経営する「イギリス南アフリカ会社(BSAC)」が統治し、イギリス殖民地に編入された。1911年に、その名を冠してローデシアと命名された。

ローデシアの独立

 ローデシアはその後もイギリスの植民地として続き、白人支配が強固であったため、アフリカ独立運動の高揚期であったアフリカの年といわれた1960年には、独立を達成することは出来なかった。その後、1964年に北ローデシアで独立運動が激化し、ザンビア共和国とマラウイ共和国が独立したが、南ローデシアはイギリス支配が継続された。しかし現地の白人少数支配者は、本国の妥協的姿勢に反発して、1965年に一方的に南ローデシアを「ローデシア」として独立させた。これは、イギリス本国に反発した植民地白人が出した独立宣言で、1776年のアメリカ独立宣言以来のことだった。

ジンバブエへの転換

 独立後のローデシアは少数の白人が大多数の黒人を支配し、南ア連邦と同じアパルトヘイト政策をとり、国際的にも批判を浴び国際連合の経済制裁を受けた。70年代から黒人の反政府運動が激化し、3万人に上る死者を出した上で自由選挙が実施され、多数を占める黒人の政権が誕生、1980年4月18日に白人名に由来するローデシアという名称を棄て、ジンバブエ共和国に国名を変えた。この国名は、この地に栄えた古代モノモタパ王国の都の名前ジンバブエによるもので、その地には現在も巨大な王宮遺跡が残っている。
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ノートの参照
第14章2節 ア.アフリカの植民地化