印刷 | 通常画面に戻る |

イタリア=トルコ戦争

1911~12年、イタリアがオスマン帝国領トリポリ・キレナイカ(現リビア)を奪った戦争。ヨーロッパ列強によるオスマン帝国領への侵略戦争の一つ。

 20世紀の初頭のイタリアは、アフリカに対する侵出を行ったが、イタリア=トルコ戦争はそのような戦争の一つで、伊土戦争、トリポリ戦争、リビア戦争とも言われる。オスマン帝国領の北アフリカ、トリポリおよびキレナイカの割譲を求めるイタリアは、当時青年トルコ革命後で混乱していたオスマン帝国に対して11年9月に宣戦布告し、トリポリを占領した。同年に第2次モロッコ事件が起こっており、ドイツとフランスが対立しているスキを狙ったものであった。オスマン帝国は抵抗したが、翌12年バルカン半島でもバルカン同盟諸国との戦争(第1次バルカン戦争)が始まり、劣勢に立たされることとなったため、やむなく停戦に応じ、オスマン帝国はイタリアに対してトリポリとキレナイカの割譲を認めた。イタリアはこの地を古代ローマ時代のリビアに改称し、植民地とした。

世界最初の空爆

(引用)トルコ領リビア(トリポリ、キレナイカ)の植民地化をめざしたイタリア・トルコ戦争では開戦(9月23日)とともにイタリア軍が、リビアに9機の飛行機と2機の飛行船を派遣した。イタリア機は10月26日には敵陣に手榴弾を投下した。飛行機による最初の空爆である。その後イタリア機はトルコ・アラブの拠点を空から86回攻撃し、総計330発の爆弾を投下した。空爆の成果についてイタリア軍参謀本部は「爆撃はアラブに対して驚異的な心理的効果をあげた」と報告している。<荒井信一『空爆の歴史』2008 岩波新書 p.2>
印 刷
印刷画面へ
ノートの参照
第14章2節 ア.アフリカの植民地化
書籍案内

荒井信一
『空爆の歴史』
2008 岩波新書