印刷 | 通常画面に戻る |

3B政策

ドイツ帝国の世界政策に基づいたアジア侵出をめざす政策。

 ドイツヴィルヘルム2世のとった帝国主義政策で、ベルリン-イスタンブル-バグダードを結び、中東に進出しようとするもので、イギリスの3C政策(アフリカ~インドへの帝国主義支配)に対抗するもの。このヴィルヘルム2世の世界政策は、西アジアに帝国主義的進出をすすめていたイギリスの3C政策との対立要因となり、第一次世界大戦をもたらした。
 ヴィルヘルム2世は、1898年自ら聖地パレスチナを訪問、その途中にオスマン帝国の首都イスタンブールでトルコ皇帝と面会して、バグダッド鉄道の敷設権を要求した。翌年、トルコはバグダードを経てペルシア湾頭のバスラに至る鉄道の敷設権をドイツに対して認めた。このバグダード鉄道によってベルリン→イスタンブール(その古名がビザンティウム)→バグダッドを結ぶのが3B政策であり、イギリスの世界政策である3C政策に対する挑戦であった。
印 刷
印刷画面へ
ノートの参照
第14章2節 エ.列強の二極分化とバルカン危機