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露仏同盟

19世紀末、数次にわたり締結されたロシア・フランス間に締結された協定の総称。軍事的秘密同盟。

 1891年から94年にかけて成立したロシアフランスのあいだで締結された政治協定・軍事協定の総称。1890年にドイツが再保障条約の継続を拒否してそれが解消されたため、反発したロシアが91年からフランスに接近した。ロシアはフランスからの金融援助を期待して締結するとともに、バルカン方面でのオーストリア=ハンガリー帝国への牽制になることを期待した。フランスもドイツ・オーストリア=ハンガリー・イタリアの三国同盟の脅威に備えること意図し、1871年の普仏戦争の敗北以来のヨーロッパでの孤立状態を脱することを期待した。そのような両国の利害が一致し、94年までに同盟関係を形成した。1904年の日露戦争開戦後に英仏協商、戦後の1907年に英露協商が締結され、それによって三国同盟に対抗する「三国協商」の一部を構成することとなった。

露仏同盟の内容

 1891年の政治協定に始まり、92年に軍事協定が成立、94年にフランスが軍事協定の内容を承認して最終的に成立した。軍事協定の内容は、ロシアがドイツ・オーストリア=ハンガリーから攻撃された場合、またはフランスがドイツ・イタリアから攻撃された場合は、相互に援助しあうことを約束したことであり、秘密条項とされた。このようにフランスとロシアは単なる親善にとどまらず、軍事的な相互援助関係を結んだので、協商ではなく同盟と言われる。

第一次世界大戦の要因となる

 フランスは一貫してドイツを仮想敵国としていたので、このロシアとの同盟の強化に努め、秘密軍事同盟という性格を強めていった。バルカン問題からロシアがオーストリア=ハンガリーとの対立を深め、ドイツとロシアの関係も悪化し、1914年6月にサライェヴォ事件が起こり、戦争の危機が高まる中、7月にフランス大統領ポワンカレはロシアのペテルブルクを訪問、両国の同盟関係を最終的に確認しあった。その直後の7月28日にオーストリアがセルビアに宣戦布告し、次いでロシアがオーストリア、さらにドイツに宣戦を布告すると、フランスは露仏同盟の密約に従って、ロシアを支援するため、ドイツに宣戦布告した。こうして第一次世界大戦が勃発した。このように世界大戦の勃発には露仏同盟に固執したフランスの責任も大きい。
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ノートの参照
第14章2節 エ.列強の二極分化とバルカン危機