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三国協商

20世紀初頭、帝国主義時代に成立したイギリス・フランス・ロシア三国の軍事同盟。

三国協商の形成はドイツ・オーストリア・イタリアの三国同盟との対立が深刻化し、第1次世界大戦をもたらした。三国の関係は1891年~1904年の露仏同盟、1904年の英仏協商、1907年の英露協商によるブリッジで結ばれた。露仏同盟は軍事同盟であるが、二つの協商は本来は軍事同盟ではなく勢力圏分割協定である。後の1912年に、英仏間には軍事協定が成立して補強される。この陣営を連合国または協商国といい、同盟国といわれるドイツ・オーストリアなどとの二陣営を構成することとなる。帝国主義の時代における安全保障の考え方の主流はこのような、列強間の勢力均衡政策に基づいていたが、それが破綻したのが第一次世界大戦であった。

協商と同盟

:三国協商 Triple Entente の協商(Entente)とは、協定と同じく複数国間の取り決めの意味で、「商議の上、協定する」ことである。商業上の協定に限定されるわけではなく、領土や勢力圏の相互承認など、幅広い内容で用いられる。ただし、「条約」(Treaty)ほど強い強制力はないとされる。つまり三国協商はよりゆるやかな協力関係であったが、それに対して三国同盟 Triple Alliance は三国間の軍事的な相互援助条約であった。
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ノートの参照
第14章2節 エ.列強の二極分化とバルカン危機