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フセイン=マクマホン協定

第一次世界大戦中にイギリスがアラブ側と結んだ秘密協定。大戦後のアラブの独立を約束する代わりにオスマン帝国への反乱をうながした。

 第一次世界大戦が戦われている最中の1915年、イギリスがアラブ民族に対し、将来の独立を約した文書。かねてオスマン帝国(トルコ)からの独立を実現しようとしていたアラブ人は、イギリスに協力し、対トルコの反乱を起こす代わりに戦後の独立を承認してもらうため、イギリスと結んだ。フセインはアラブ民族運動の指導者で、預言者ムハンマドの血統を継ぐハーシム家の首長であり、聖地メッカ及びメディナの管理権を持つ総督(太守)であった。マクマホンはエジプトおよびスーダンのイギリス高等弁務官。この両者の間に秘密協定として結ばれた。

アラブの反乱

 この協定にもとづいて、1916年にフセインはいわゆる「アラブの反乱」を開始し、ヒジャーズ王国の設立を宣言、1918年にフセインの子ファイサルがダマスクスを占領し、独立を達成した。このアラブの反乱を指導したイギリス人が「アラビアのロレンス」として有名なトーマス=E=ロレンスであった。

イギリスの二枚舌外交

 しかし同じ1916年、イギリスは一方でフランスとのサイクス=ピコ協定でアラブ地域の英仏での分割を密約しており、翌年には一方のユダヤ人にも国家建設を認めるバルフォア宣言を出しており、矛盾する約束を同時にしていたことになる。
 第一次世界大戦後、シリアを委任統治することになったフランスはファイサルを追い出したので、イギリスは自己の委任統治領であったイラクの実質的支配権をファイサルに与え、弟のアブドゥラにはトランス=ヨルダンの支配権を与えた。イギリスがつじつまを合わせたわけである。
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ノートの参照
第15章1節 イ.戦時外交と総力戦